理事長ブログ
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御朱印帖ブームだそうですね
2019-06-05
新聞のコラムによると、世の中ちょっとした御朱印帖ブームだそうですね。・・・ブームはいつもながらのことなので、なんてことはないと思いながらも僧侶のはしくれとして一言あって然るべきかと筆をとりました。
多分御朱印帖ブームに乗っかっている人の大部分は宗教に無関心で、観光地で記念スタンプを押すくらいの軽い気持ちだと思います。・・・に行って来たよ~程度の感覚で御朱印集めをしてるんでしょう。ブームは直ぐ去りますよ。なんせ現代人は飽きっぽいですからね。しばらくすると部屋の隅で朱印帖が埃を被っていること請け合いです。
でも本物?の御朱印集め、つまり御朱印集めの極めつけは掛け軸です。(ってなとこで次回乞うご期待)

続々目玉焼き
2019-05-01
12個の目玉焼きを2回に分けて大きなフライパンで焼きます。最初のうちは個々の卵がくっつかないように焼くのが大変でしたが、利用者さんに教えてもらいながら焼いているうちに柔らかすぎず、堅すぎず見た目も美味しそうな目玉焼きが作れるようになりました。
ある朝どうした訳か12個の目玉焼きのひとつがフライパンに落とした瞬間に崩れてしまいました。レストランであればこれは商品としてお客様に出せませんから新しい卵で焼き直しするんでしょうが、グループホームですから食材は無駄にはできません。まっ自分で食べるからいいかって思いながら当番の利用者さんに盛り付け配膳をお願いしました。ところが主婦の経験がある利用者さんが当番だったので、崩れた卵焼きのお皿がその利用者さんのテーブルに配膳されているではありませんか。思わず「お母さんだね」と言いました。感謝です。そんな温かい心を持った利用者さんがいるグループホームを誇りに思います。他人を思いやり、他人を優先する心はまさしく「深敬(じんきょう)」の精神です。何気ないことですが、自分本位になりがちな社会にあってちょっとした心遣いがひとの心に潤いを与えるのです。
ようやく目玉焼きの本題を書き終えることが出来ました。さて、次はどんな話題になるで。

目玉焼きの続き
2019-04-12
大変お待たせしました。目玉焼きの続きを書かなければと思いながら、年度初めの慌ただしさにかまけて、放っておいてすみませんでした。
夕食は職員さんが準備して下さったものを利用者さんと一緒のテーブルでいただきます。時に私の好物を提供してくれます。暖かい配慮に心から感謝しています。他の施設では考えられないことだと思いますが、ここでは1年中手作りの糠味噌が食べられるんです。夕食には必ず漬物が出ます。しかも利用さんが
毎日毎日糠床を素手で混ぜて、キュウリ、ナス、蕪、大根と季節の野菜を漬けています。法人にはいくつもの施設がありますが、おそらく手作りの美味しい糠味噌が提供されているいるのはこのグループホームだけだと思います。文字通り「おふくろの味」ですね。
さて、いよいよ目玉焼きです。私が泊まる翌朝は金曜日です。つまり、金曜日の朝食の準備をするのも当直の仕事です。今は、利用者さんが11名ですので私を含めて12名分の朝食です。食材は、職員さんが準備をしてくださっているので献立に従って調理するだけですが、結構時間がかかります。段取りを覚えるまで大変でした。卵料理は目玉焼きかスクランブルエッグが献立で指示されています。なんだ、スクランブルエッグ(炒り卵)か~って思われた読者もおられるかと思いますが、スクランブルエッグを美味しくしあげるのも大変なんですよ~(まだ続きます。乞うご期待)

目玉焼き
2019-03-13
法人は現在4つのグループホームを開設している。この1月ひとつのグループホームの世話人さんが急に辞めることになり、代わりの世話人さんを探したがなかなか見つからず、急きょピンチヒッターを買って出ることになった。人材難はグループホームにも及び所謂引きぬきが横行している。少しでも条件が良いところで働きたいと思うのは人情である。もう義理云々が通用するような社会ではない。
我が法人のグループホームは基本夜間も職員が常駐して非常時に備えている。そのグループホームは定員10名、特に介助を必要とする利用者さんはいないので、夜勤ではなく当直である。開設して8年ほど経っているのでグループホーム内で役割分担がしっかり決まっていて、どのような障害を抱えていても誰もが与えられた作業を淡々とこなしている。いつもながらすごいな~と感心している。ここまで来ると長年培ってきた伝統である。共同生活に必要な規律がしっかり出来ていて誰もが与えられた当番の作業を黙々と果たしている。
76歳の理事長がグループホーム当直なんて他の法人では考えられないと思う。非常事態に陥ったときその部分を担えることはとても有難いことである。誰がどう思うかなどいった思惑は無用である。(まだ途中です)

山頂を極める!
2019-03-13
山頂に近づくにつれてあたりが白み始め、日の出に間に合わないのではないかと心が焦る。歩みは相変わらずかたつむりの如く遅々として進まず。後ろを振り向けば人の列。ようやく石の鳥居が見えたと時は思わず心の中で叫ぶ、ついに上ることが出来た!~と。この一瞬の感動のためにひたすらよじ登る。頼れるものは自らの意思と脚力。お金であがなえない世界が山登りだといつも思う。日の出を見ることもさることながら頂上を極めるという達成感のために山に登る。日の出にさほど感動を覚えない。
山頂からの眺めは意外と眼下に広がる景色が近い。
下りはだらだら坂を文字通りだらだらと下る。麓に着く頃は心も体もすっかり弛緩してしまって歩みもままならない状態。チャンスとばかりおじさんが近づいて来て、駐車場までまだ大分ありますよ!馬に乗って行くと楽ですよと悪魔のささやき。誘惑を振り切ってひたすら平坦な道を進む。これから登る人の群れに出会うと、昨日の自分の意気込みを思い浮かべる。この人たちも昨日の自分のような体験をするんだ!自分は再び富士山を目指そうと思うだろうか?あの苦難を知らなかったからこそ挑戦したが、次はあるのか。私に課せられた目標になるだろう。
読者にお勧めする。是非富士登山に一度挑戦してみて下さいと。車社会にあって、歩くという動作を回避して楽な手段に浸かり切っている怠惰な日常。己の意思を試す機会を作って下さい。そして子供さんのいる方は、是非子供さんを連れて登ることをお勧めします。子供さんの根性を見極める良い機会にると思います。自分の根性も・・・
