本文へ移動
社会福祉法人 深敬園
〒409-2524
山梨県南巨摩郡身延町身延3637
TEL.0556-62-1134
FAX.0556-62-1135
・障害者トータルサポートセンター
      かじか寮 
・就労継続B型 
      Bread&Butter
・居宅支援サービス
      福祉ネットスマイル
・居宅介護支援事業所
      かじかサポート
・訪問看護ステーション
      かじかナースステーション
・放課後等デイサービス
      すぎな
0
0
7
0
3
6
4

今月の言葉

8月の言葉

2017年8月の言葉 辛い現実から逃れない これがあなたの人生の財産になる

 夢膨らませて社会に出たはずが、思いの外厳しい現実が待ち受けている。面接では期待されているが如き対応を受けたはずが、いざ仕事を始めてみると出来ないことだらけ。真っ先考えるのは、自分はこの仕事に向いていないのではないか。もっと自分に向いている仕事があるんではないか。先輩が、同僚が自分に辛く当たる。なんでみんなこんなに意地が悪いんだろう!何故もっと丁寧に優しく教えてくれないんだろう・・・勤めに行くのが辛くなる。楽しいはずの職場が、やり甲斐のある仕事が苦痛の場になる。でもお釈迦様はそのへんはお見通しで、人生は四苦八苦だ!とおっしゃっている。四苦とは、生老病死。そうなんです、「生(しょう)」、生まれ出ずることは苦そのものなんです。これは真理です。老いることからも、病をえることからも、死することからも逃れられません。真理とは、時と所を問わず当てはまる摂理を言います。
 逃れないならば正面から向き合ってひたすら努力するしかない。昨日まで堪えられたなら今日だって堪えられる。先輩は、同僚は、ひょっとしてあなたを試しているのかもしれない。これくらいのことに堪えられないならばこの職場にはいられないよ!どこに行ったって同じような人は必ずいるよ!そのつらさに堪えることで仲間として受け入れられ、仕事を教えられ徐々に逞しくなっていく。そして何時の日か仕事に自信が持てるようになり、後輩を指導できる立場に立つようになる。そうです、それがあなたの財産なんです。苦労して得た財産は次のステップに飛躍する上で大きな力となります。ただひたすら歩む。気がついてみると山の高みに立っている自分を発見し、眺める景色の素晴らしさに感動と自分の努力を誇らしく感じるはずです。辛い現実はあなたへの試練です。

9月の言葉 道は険しい 

道は険しい 先が長くて 自分が何を頑張れば良いのかさえ見えない 最初は意志 最後も意志 あいだにあるのが頑張りだったり努力だったり 頑張りでも努力でもない何かだったり それが人生
 ”人生とは何だろう。自分は何をするためにこの世に生まれて来たんだろう。“ 少なくとも誰もが一度はぶち当たる疑問だと思います。でも正解はありません。少なくとも誰もが一度は、と書きましたが、ほとんどの人はそのような疑問すら持たずに人生を終えていくと思います。1日が、1週間が、ひと月が、1年が瞬く間に過ぎてしまう。よく耳にする言葉です。それは、何のために生まれ、生きているかという疑問を自らに問い、自分なりの結論を出していないからだと思います。若いうちはバラ色の人生を夢見る時期もあると思います。しかし、バラ色の人生はなかなか手に入りません。やがて、生活に、仕事に、人生に疲れ果て夢も希望も色あせて、ただ何となく1日が過ぎていくようになります。
 そこで必要なのが意志(こころざし)なんだと思います。明確な意志(こころざし)が定まっていれば、そのここざしを全うするために何をしたらいいのかも自ずから解ってきます。“人生は禍福あざなえる縄の如し” ということわざがあります。人生は決して平坦な道ばかりではなく、山あり谷あり。険しい道が永遠と続くんではないかと途方に暮れることもあります。その時、このことわざを知っていると、必ずこの先に平坦な道があると確信出来ます。険しい道も進むことが出来るのです。頑張りも程度問題です。頑張りすぎると心が、身体が壊れてしまいます。時には休み、時には回り道をしながら、また頑張るのです。努力に勝る天才なし、ということわざもあります。コツコツと地道に努力することが目標達成の秘訣でもあります。人はひとりでは生きていけません。良き友を得、良き先輩を得、尊敬できる人を得ることで視野が広まります。自分の人生の助けとなり、模範ともなるでしょう。書物を読むことで視野が広がり、こんな生き方もあるんだ!と目の前が開けることもあります。
 人生、それは正解のない道を歩むことです。あなただけの!

10月の言葉 ぶれない判断力 勇気ある決断力 スピード感ある行動力 情熱と執念

 これは、人生を歩む上でとても大切な姿勢だと思います。その時に下した判断が正しかったのか間違っていたのか、時が経たなければ解りません。でも判断しなければ物事は前には進みまえん。会議を開いて他人の意見を参考にすることもあるでしょう。友達の、同僚の、家族の助言を得ることも大切です。書物を読むことで判断力を磨くことも必要です。要は、これらの力を磨く不断の努力をしているかどうかです。他人にばかり頼ってると、自分では判断が下せない人間になってしまいます。そして結果が悪ければ助言してくれた人のせいにするという責任逃れの体質が身についてしまいます。責任逃れをする上司に当たったら部下はたまったものではありません。リーダー、主任、管理者になるということは、部下の行った行為の責任をとるということです。トップの判断がころころ変わるようでは、組織はがたがたです。朝令暮改では安心して仕事が出来ません。
 こうしようと判断したことは勇気を持って決断決断を下すことです。そして決断したら迅速に行動することです。ぐずぐずしていると好機を逸することもあります。決断には責任が伴います。いつも良い結果が出るとは限りません。失敗だったとしても決して腐ってはいけません。何が駄目だったのかしっかり原因を突き止め、また挑戦することです。夢を実現する秘訣は実現するまで努力することです。決して諦めないという執念です。そして情熱を持ち続けることが稔りある人生を歩む秘訣だと思います。

11月の言葉 獅子身中の虫 恐るべきは自分自身への言い訳

 獅子身中の虫
 百獣の王、ライオンは向かうところ敵なし。全ての動物に恐れられる存在です。故に獅子は外敵に襲われて死ぬのではなく、自らの身体の中に寄生している虫によって死に至ります。これは仏教の梵網経という教えの中に説かれている教えで、仏教を滅ぼすのは外道(げどう:他の教え)ではなく、仏教徒自らが破壊するものだと言っています。
 組織にあっても同じことが言えます。組織の中にあって恩恵に浴しながら禍をもたらす者や恩を仇で返す者を「獅子身中の虫」に喩えます。最近大企業で起こっている不正。同業他社との競争に負けるのではなく、会社の中における怠慢や弛緩した組織が内部から会社を傾けさせています。
 同様に私自身を破滅させるのは、誰かのせいではなく自分の中の怠惰な心なのです。実行しないことの言い訳を他に求めるその心が獅子身中の虫と言えるでしょう。

12月の言葉  人は何かを与えられて生まれてきた それが何か 探し続けるのが人生

 生きとし生けるものは生まれる場所、生まれる時を自ら選択することは出来ない。親を誰にするか、裕福な家に生まれるか、日本に生まれるか、未開の地に生まれるか、20世紀に生まれるか、21世紀に生まれるか天のみぞ知るところである。
 いずれにせよ私達は生まれた環境の下で人生を始めなければならない。人生の面白いところは(面白いと言っては語弊があるやもしれないが)時代にもより、所にもよるが、少なくても今の日本では本人の努力、意思によって人生を歩む自由が与えられていることだ。
 自分は何をするためにこの世に生を受けたんだろうと考える機会があるか否かで人生の中身は大きく変わるはずである。忙しい忙しいと口癖の毎日を送っていると時は瞬く間に通り過ぎていく。若いうちはやり返しがきくからと言って無為に過ごしていては「少年老いやすく学成りがたし」の真理どおり、人生は徒労のうちに終わってしまう。
 私は、目の前に与えられた人生を自分で選択したとは思っていない。天から与えられた人生と捉え、職業を天職と思ってこれまで生きてきた。確かに様々な取捨選択はしてきたし、岐路に立った時他の道を選ばずこの道を選んできた。石持て追われる経験もさせていただいた。今思えば貴重な経験だった。しかし、これとても目には見えぬ天の采配だと思っている。そんな時でも与えられた生きる環境を自らの試練のために善用して来た。
 それ故この職業は自分には向いていないなどとつゆとも思ったことはない。ただひたすら何者かに動かされるように突き進んで来た。74年生きて来て今頃思うことは、人生のやり直しはきかないし、仏教徒であるが(お釈迦様は来世があるなどと言ってはいない)来世があるとも思わない。だから悔いのない日々を過ごそうと思っている。多分、周りの人から見ると異端児(爺)なんだろう。しかし、人の思惑にいちいち反応していては自らの思いを実現することは出来ない。若い人にはもっと損得を抜きにした人生を歩んでもらいたい。確かに人は食わなければ生きてはいけない。しかし戦後の貧しい社会の中でひもじい思いを十二分に味わった者からすれば、人はいざとなれば道に落ちているものをも拾って食べてでも生きようとする生き物である。5万円ならば5万円なりの10万円ならば10万円の収入に応じた生活をすればよいのであって他人の金を当てにしてまで裕福な生活をすることはない。
 こう書くと、きっと反論が山ほどあるだろう。しかし実体験に基づいた反論でなければただの空論に過ぎない。人生を振り返って自分は何者なのか。自分なりの結論を得て人生の幕を閉じたいと思うこの頃である。

2018年1月の言葉 他人に負けない何かを持て 君でなければだめだ そんな存在になろう

 新しい年を迎え、皆さんは何を思い、何を決意しましたか。
「1年の計は元旦にあり」という言葉があります。私は、年が改まることはある意味のリセットだと考えています。人生はあざなえる縄の如しという言葉のように、自分にとって思わしくないこと喜ばしいことが交互に起ります。思わしくないことは元日にリセットして心新たに年を迎えるということが大切です。
 振り返って、自分には他人に負けないものがあるとすればそれが何なのか、ないとすればどうしたら持てるようになるのか。しっかり見つめるのが元旦だと思います。テレビを見てお笑い番組に時間を費やす暇があったら、しっかりと今年の目標を決める1日にしていただきたいと思います。
 最近、私のブログを読んで下さっている方からお声と掛けていただくことが増えました。拙い文章ですがお役に立てば幸いだと思っています。このブログをお読みなった一人でも多くの方が、"君でなければだめだ”といわれる存在になって欲しいと思います。何をどうすればよいのか。それを考えるのが人生です。他人(ひと)に指図されず自分の力で探し続ける。それが人生です。そのためには、"考える”習慣を身につけなければなりません。今の世の中は情報が溢れています。その情報の真偽を見極める目を持つことです。情報に惑わされて面白がっている自分の愚かさに気がつくこと。しっかりした己を持つこと。それが、"他人に負けない何かを持つ”ことの第一歩だと思います。

2月の言葉 発酵力は生命力

 早いもので2018年を迎えたと思ったらもう2月です。法人の就労継続B型事業所Breadutter(ブレドゥンバター)では先月27日、身延山麓の寒の湧き水、事業所の職員、利用者が丹精込めて栽培した身延特産のあけぼの大豆、富士川町青柳町青林堂の麹を使って味噌の寒仕込みをしました。これから2年間寝かせてじっくり熟成させます。昨今はインスタント味噌汁なるものも発売され、手軽に味噌汁を飲むことが出来るようになりました。そしてそんな手軽さに慣れて何故味噌汁を飲むのかという根本的なことが忘れられようとしています。
 物事をじっくり考える習慣を身につけることのたいせつさを味噌を教えてくれています。仕込んですぐに発売された即席の味噌と2年間寝かせて熟成させた味噌の違いがわかる人になって欲しいと思います。
 人生もまたしかりです。即席はすぐにぼろが出てしまいます。損得を抜きにして自分のことはさて置き、人(他人)のためにコツコツと努力すること。信頼される存在になるためには発酵という過程が必要です。3年、5年、10年の熟成の期間を経てはじめて器量が大きくなります。職人という言葉も死語になりつつあります。年季奉公などは今は昔であります。職員として採用されれば仕事が出来なくても給料をもらうことが出来る世の中です。職場で一人前に仕事が出来るようになるにはそれなりの時間が必要です。しかし、世の中が変わり、半人前でも一人前の給料をもらうことが出来、半年もすれば有給休暇が保証されます。いずれの職業も人手不足が深刻化してきています。少しでも給料の高い職場を求めて簡単に辞めて次の職場に移ることが当たり前になってきつつあります。でも職場を簡単に辞める癖がついてしまうと根を張る前に移るので根無し草になってしまいます。一所(ひとところ)に根を張るから大木に成長するのです。

3月の言葉 ぱさぱさに乾いてゆく心を ひと(他人)のせいにするな みずから水やりを怠っておいて

 前庭の河津桜の花が一輪開きました。平成15年に創立10周年を記念して植えた桜が年を追う毎に大きくなり、毎年見事な花を付けるようになりました。池の側に植えたので他の桜よりも成長が早く、しだれ桜に先駆けて楽しむことが出来ます。ライトアップされた桜は早朝に出勤される職員さん、暗くなってから退勤する職員さんの心の乾きを癒やしてくいれることを願っています。
 私達は食事を取ることで空腹を満たします。生活の慌ただしさや仕事の忙しさを理由に、心の乾きを癒やすことを怠ってしまいがちです。いらいらして他人に当たり散らしたり、ストレスが溜まって心が病んでしまうことにもなりかねません。テレビ、パソコン、スマホ・・・現代人はこれらの機器無しでは生きて行けなくなってしまっています。歩きながらのスマホが問題になっています。電車に乗ると九割方の人がスマホの画面を眺めています。これでは心がぱさぱさに乾いてしまいます。結果、心を病むようになるのです。私達の心は見えませんから心のありようが解りません。腹は空けば解りますけど、残念ながら心の渇きは意識できません。病んではじめて水やりを怠っていたことに気づかされるのです。
 桜の花の美しさを求めて旅をする。写真を撮る。温泉に浸かってのんびりとした時間を過ごす、花の苗を植えて育てる、果樹を植えて果実の収穫を喜ぶ、家庭菜園に野菜の種をまいて育てる・・・一見日常生活には必ずしも必要ないようなことがとても重要だと思います。心に水やりをして下さい。そんな暇はない!とおっしゃる方もおられるかと思いますが、病になってからでは遅いのです。

4月の言葉 夢は叶えるためにある 夢の実現のために先ず一歩踏み出すことだ 夢が叶うかどうかは君次第だ 困難にめげることなく粘り強く進むことだ

 毎月書いている「今月の言葉は」、常に人生の生き方についての私(理事長)なりの考えを述べたものである。長い人生であるから幾度となく失敗もしたが、常に今ある自分は失敗から学んだ結果だと思っている。失意の底にある時は、じっとこらえてひたすら耐えること。「忍耐」を自らに課することだと思う。他人のせいにしないこと。失敗は自らが招いた行いの結果であると捉えること。私なりの生き方の底辺に流れているのは、何故自分はこの世に生まれてきたのか。自分の使命は何なのか。何故今ここにこの歳まで生かされているのか・・・といった思いである。生命は決して自分の意思で存在するものではない。天命という言葉を使ったこともある。今この職にあるのは天命で有り、従ってこの職を天職と思っている。
 天職を全うするためには「夢」が不可欠だと思っている。ある時、「人生100のリスト」という言葉に出会った。自分が目指す人生を生き抜くためにやらなければならないと思うことを100挙げて、ひとつずつクリアすること。100という数が多いと考えるか少ないと考えるか人それぞれだと思うが、人生はとにかく目標を立てることが大切なのである。ある意味、人生は夢である。夢がない人生は味気ないものである。夢を決めたことにより生きる意味を見い出し、夢の実現の一歩を踏み出す。他人(ひと)の夢ではなく、自らの夢である。どんな夢であろうと大切な一度限りの人生をかけるのであるからいかなる困難が襲いかかろうと夢の実現のために粘り強く進むことが大切である。

5月の言葉 絶対にしてはならないこと マイナス要素を探し出すこと

 障害者の施設を始めて25年が経ちました。障害者の支援に関わる職員に常にお話ししていることは、やる前から「無理です。出来ません」という言葉を使わないということです。これは障害者施設に限ったことではありません。私たちの生き方にも関わるとても重要なことなのです。
 そもそも「無理です」、「出来ません」という発想は、はなからやる気がないマイナス思考です。課題が与えられら時、その課題を解決すためにあらゆる方法を思考し、問題点を洗い出し、出来るための方策を見つけ出すことです。
 障害を持った利用者さんの手となり足となり、時には頭となって考えるのです。支援する職員が日常生活を送ると同じように利用者さんにも人生を楽しんでもらうことが利用者さんたちの生きる権利
なんだと思います。その実現には大変な努力が必要です。でもそのために私たちはこの職場で働かせていただいているんだということを常に心に持ち続けることです。

6月の言葉 容易な道と困難な道 あなたはどちらを選ぶ

 人生を歩んでいく上で常に私たちは選択に迫られる。日々の仕事においては勿論のこと私生活においても何をどうするかは自分で決めなければならない。ただ、仕事では自分で判断に困ることは上司に相談することで解決が出来る。上司も判断に困ることは管理者に相談して決める。組織に所属する間はさほど困ることはない。しかしながら、自分の人生に関わることは最終決定は自分の責任において下さなければならない。他人に相談するということは、もし思うように行かなかった場合多少なりとも相談相手の責任にするという責任回避の姿勢が見え隠れする。
 大人になると言うことは選択した責任を自分が負うと言うことである。これは人生にどのような心構えで臨むかということにもなる。常に他人に頼る習慣が身についてしまうと困難に出会ったときなかなか決断が出来ない。自分一人で考え、判断し、決断を下すという地位に就いたとき相談する人がいないと独断になってしまい判断を誤りやすいことも事実である。でも最終の決断は自分が下し、その結果責任は自分が負うことで他から信頼され、大きな仕事も出来ることも事実である。
 施設を経営していてつくづく思うことは責任をとることの難しさである。結果が良ければ誰もが褒めてくれるが、結果が悪ければ避難の的になる。振り返ってみると私の生き方は、どちらかというと敢えて困難な道を自ら選んで歩いてきたような気がする。だからなかなか理解してもらえない。これは困難な道を歩み、失敗しても起き上がってなおまた進む人生を歩んで来た人でないと真に理解を得ることは難しいと思っている。
 私は多読ではないが、読書が好きである。だから本から得る人生の生き方に感動し、その生き方を見習いたいと常に思っている。自分の人生で実際に体験できることは極々限られている。読書によって他人の生き方を知り、共感することはとても大切なことだと思っている。そして成功した人は失敗にめげず、再び立ち上がりそのたびに人間が一回り大きくなって行く。人柄は一朝一夕に出来上がるものでなない。気の遠くなるような年月の努力の結果である。辛酸をなめて人は大きくなる。容易な道を選ぶということは辛酸を避けようとする心がなせるわざであり、それもまた人生ではある。いづれを選ぶかはあなたの自由である。あなたの人生なのだから。ただ人生は一度限りであることも事実。悔いのない人生を送りたいと思う。

7月の言葉 線路の上を走る人より 線路を敷く人を目指す

 7月に入り早々と梅雨明けが宣言された。今年も暑い夏になりそうである。35℃なんて聞いてもさほど驚かなくなって来ている。
 当法人は、就労支援事業でパンの製造販売を行っている。7月に入ると、”暑いとパンが売れません”と毎年同じ言葉が繰り返される。だったらどうしたら良いの。全員が線路の上を走っていて、線路を敷く人がいないとそこから先は行き止まりである。線路を敷く仕事は困難を極める。道がないところに線路を敷くんだから当然である。
 先日、「ガイアの夜明け」というテレビ番組を観ていたらカレーを開発する話が語られていた。私はあまりテレビを観ない人の部類に入ると思うが、基本的に関心のある番組を録画して観るようにしている。「カンブリア宮殿」、「ガイアの夜明け」はなるべく観るようにしている。事業展開のヒントを得ることが出来るからである。
 大塚食品が「ボンカレー発売50周年」を期して、ボンカレーをカレーの本場インドに展開しようというプロジェクトを追った番組だった。組織は常に線路を敷き続けないと衰退の道をたどることは当然の理である。常に未知の分野に挑戦するというチャレンジ精神が組織の中にないと組織はよどむ。インドにボンカレーをというミッションは会社にとっては勿論のことこのミッションを担った社員にとってもやり甲斐のあるミッションであることは間違いない。食文化を変えるということはとてつもないエネルギーと時間を要する作業だと思う。
 組織は困難なミッションをとおして人材を育て、将来会社を背負うという大きな役割をもったミッションであることは間違いない。当法人にあっても勿論、線路の上を走る職員は必要であるが、線路を敷く人を目指して欲しい。

8月の言葉 唯ひたすら他人の批判する自分を恥じ ひょっとして自分に過ちがあるのではないかと思え

 人という者は嫌な動物である。やっかい事が生じると十中八九自分の責任ではないと主張し、自分以外の存在の責任にする。人(他人)の幸せや喜びを妬み悪口を言うことでやっかみを解消する。口を開けば見てもいないのに人(他人)の噂話をしたり批判をし悪口を言うことに無駄な時間を費やす。なんと生産性のない行為であろう。そんな行いをする自分を恥じ、そんな自分に不快感を持つことがとても重要である。年齢のせいなのか、最近廃屋が放置されている状況や庭に雑草がはびこり放置されている家を見ると嫌な気分になることが多くなった。廃屋の持ち主はどんな心の持ち主なんだろう。この家の主人はこの草だらけの庭をどのように思っているのだろう。心に雑草が生えてしまうと不快という感覚まで麻痺してしまうんだろうか。同様に自分の心に雑草が生えてしまうと他人批判し、過ちを他人のせいにすることを何とも思わなくなってしまう。成功を自分の功績とし、失敗を他人のせいにする。我が法人の職員に求めるのは「不快」の念を感じるために根気よく心の雑草を抜く作業を続けること。自分の過ちを素直に認める潔(いさぎよ)さを持つこと。責任ある地位に就くと言うことは部下の過ちを部下のせいにするのではなく、ひょっとして自分にも責任があるのではないかと考えることだと思っている。我が法人は、決して自分の非を認めず、他人の批判をする人が法人を背負って立つことはないと断言する。

9月の言葉 有言実行

世の中に出てから半世紀を経ようとしている。僧侶を職業として生きて来たから、生き方として長い間「不言実行」を旨として世の中を渡って来た。何度も窮地に陥り、その度に母親から(父親は小生が35歳の時に遷化した。)人(他人)に解ってもらうにはしっかりと話さなければ誤解されると注意された。しかし若かったこと、社会をよく知らなかったことと相俟って、「不言実行」こそが最上の生き方だと信じて生きてきた。敢えて自分の行いを吹聴しなくても人は解ってくれるからと高をくくっていたために誤解されたり悪意に取られたりとさんざんな目に遭って来た。
 人間の生き方には、「有言不実行」、「不言不実行」、「有言実行」、「不言実行」と4つのパターンが考えられるが、やはり理想は「不言実行」である。心の中で決めたことを誰に言わずとも実行していれば人はいずれ解ってくれる。ところが、「不言実行」は世の中のほとんどの人が善人であることが必須条件になる。「正直者が馬鹿を見る」社会にあっては「不言実行」は嘲笑の的になることさえある。
 「不言不実行」は、公言しないから実行しなくても何も問題はないが何をしているのか解らない生き方である。実害があるのは「有言不実行」である。大風呂敷を広げて実行しない。政治家の選挙公約がその最たるものである。卑近の例は、禁煙、禁酒宣言である。止めると言って止めた例は聞かない。本気で止めようとする人はやはり「不言実行」でなければならない。心の中で決めたことをとやかく公言せず止める。意志の強さが求められる。欧米では喫煙者、「肥満」は出世できないと聞く。組織のトップには意志の強さが求められるからであるる。
 法人を経営するようになって17年。やはり「不言実行」では駄目だと思う。組織を動かすには、明確に目標を掲げ、実行することで職員は安心し、期待し、誇りさえ持てるようになる。
 「人生100リスト」。年の初めに今年実現したいことをリストアップし、実現に向けて努力する。人の一生は長いようで短いことは、1日が、1週間が、1月が、1年が矢の如く走ることで体感している。カレンダーを見て、既に1年の2/3が過ぎ去ったことに慄然とする。100リストのうち今年はいくつ実現できたか、「有言実行」によって確実なものにしていこうではありませんか。

2018年10月の言葉 生きるということは やろうとしない自分との闘いである

 人生とは「人が生きる」と書く。この世に生を受けるということの意味は永遠の課題であると思う。自分の意思で生まれて来た訳ではない。気がついた時には既に存在していて、自立するまでは両親、家族、地域、学校で生きる方法を教えられる。最初の関わりは母親であり、父親、兄弟、祖父母、隣近所、地域社会、学校と次第に関わりの輪が広がり、自立への準備をするのであるが、自立の時期は100人100様で定まってはいない。学校時代に自立する人もいれば成人になっても自立できない人もいる。縁を得て、私達社会福祉法人の職員は自立困難な人達のお世話をさせていただいている。事業によっては自立へ向けての支援をする場合もある。
 さて、私自身の人生は何なんだろうとしばしば立ち止まって考える。前述したように人類永遠の課題であるから、未だ結論は出ていないのは当然である。おそらくこの世を去るまで解らないとは思っている。しかし、解らないからといって思考を停止してしまっては駄目だと思う。解らないからこそ考え続けることが必要ではないかと考える。これはあくまでも私個人の考えであり、常に自分自身の中で葛藤していることである。人生は一度きりである。この歳になれば残された時間は少ない。だからこそ悔いのない日々を送ろうと自分自身に言い聞かしている。もう十分やったではないかと思う自分と、いやまだまだやれることがあると思う自分のせめぎ合いである。
 今月の言葉シリーズは、我が法人の職員に向けての応援歌である。このブログを楽しみにしている職員もあると聞く。先月の言葉は「有言実行」でした。言葉に出すということは、実行することです。言葉に出すことで「やろうとしない自分」の退路を断つこと。やらざるを得ない状況を自ら作るんです。社会は益々に生きづらくなって来ています。他人との関わりを持とうとしない社会。そんな生きづらい社会の中にあって我が法人の職員は積極的に地域社会との関わりをもって欲しいと思います。そのためには自らが積極的に生きることです。やろうとしない自分と闘い、地域社会において頼られる存在になることを期待しています。
TOPへ戻る